大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

那覇家庭裁判所 平成7年(少ロ)1号 決定

少年 H・S(昭51.9.5生)

主文

本人に対し、4万8000円を交付する。

理由

1  (1) 当裁判所は、平成7年5月23日、本人に対する平成7年少第118号恐喝保護事件(以下「第118号事件」という。)について、送致された犯罪事実を認定したが、同年少第115号暴力行為等処罰ニ関スル法律違反保護事件(以下「第115号事件」という。)については、送致された犯罪事実を認定せず、送致事実と同一性の認められるぐ犯事実を認定したうえで、本人に要保護性が認められないことを理由として本人を保護処分に付さない旨の決定をした。

第115号事件のように、ぐ犯事実の認定がされても、送致事実である犯罪事実の認定がされなかった場合には、法2条1項の「一部の審判事由の存在が認められない」場合に当たるものと解するのが相当である。けだし、犯罪事実とぐ犯事実は、犯罪行為か否かという点で、非行類型が質的に異なるから、審判事由としては別個というべきであり、犯罪事実に対しぐ犯事実の縮小認定をした場合でも、なお、犯罪事実については、非行なしとの判断がなされており、「一部の審判事由の存在が認められない」場合に当たるといえるからである。

(2) 一件記録によれば、本人は、第115号事件の送致事実とほぼ同一の被疑事実に基づき、平成7年4月16日、準現行犯逮捕され、上記事件の送致事実に傷害の事実を付加した被疑事実に基づき、同月18日、勾留状を執行され、引き続き同月27日まで勾留され(勾留延長はない。)、同日、第115号事件の送致事実につき、観護措置の決定を受け、同年5月23日、少年鑑別所を出所するまでの合計38日間その身柄を拘束されたことが認められる。

(3) 以上によれば、法2条1項の補償要件が認められる。

2  次に、本件に、法3条本文の「補償の全部又は一部をしないことができる」場合に当たる同条各号の事由が存在するか否かにつき検討する。

(1)  観護措置決定に係る身柄拘束について

〈1〉  法3条2号前段は、身柄拘束が、教個の審判事由のうち非行なしとされた審判事由と非行ありとされた他の審判事由の双方に基づいてなされた場合に関する規定であるところ、観護措置決定の効力は、少年と非行事実(同一性ある事実を含む)とによって特定される事件を単位に考えられ、そして、観護措置決定を受けた第115号事件の送致事実(非行なしとされた審判事由)は、ぐ犯事実(非行ありとされた審判事由)を包摂する関係にあるから、その効力は、その査礎となった上記送致事実のみならず、これに包摂されるぐ犯事実にも及んでおり、本人に対する観護措置決定に係る身柄拘束は、非行なしとされた上記送致事実と非行ありとされたぐ犯事実の双方に基づいてなされていたといえる。

〈2〉  一件記録によれば、第115号事件において認定したぐ犯事実の内容や本人の要保護性の観点からすると、たとえ第115号事件の送致事実が認められなくとも、認定に係るぐ犯事実で観護措置決定を受けていた可能性が十分にあったことが認められ、また、そのぐ犯事実だけで観護措置決定を受けていた場合、第115号事件の送致事実で観護措置決定を受けていた本件の場合と比較して、特にその観護措置の期間が短縮されたとの事実を認めることはできない。

したがって、観護措置決定に係る身柄拘束については、法3条2号前段に該当するから、同条本文により、本人に対し、補償の全部をしないこととするのが相当である。

(2)  逮捕・勾留に係る身柄拘束について

〈1〉  次に、逮捕・勾留に係る身柄拘束について検討するに、ぐ犯事実により少年を逮捕・勾留することは、現行法上、認められていないから(刑訴207条1項、60条、199条、刑訴規則142条、143条、刑訴210条、212条、213条、217条等参照)、本件の逮捕・勾留が、数個の審判事由のうち非行なしとされた第115号事件の送致に係る審判事由と他の審判事由である非行ありとされたぐ犯事実の双方につきなされていたとはいえず、本件に法3条2号前段は適用されない。

また、同号後段の「他の審判事由を理由として身体の自由の拘束をする必要があったと認められるとき」とは、身体の拘束が可能であることを当然の前提とするものであると解されるところ、前記のとおり、ぐ犯事実により少年を逮捕・勾留することは認められていないから、第115号事件の送致事実につき逮捕・勾留がされなかったとしても、ぐ犯事実を理由として逮捕・勾留がされていたとはいえないから、本件に同号後段も適用されないというべきである。

〈2〉  もっとも、第115号事件の送致事実を含む被疑事実で本人が逮捕・勾留されていた当時、余罪として第118号事件の送致事実と同一の被疑事実(以下「第118号事件の恐喝事実」という。)が存在しており、この事実を理由に身体の拘束の必要があったとして、本件に法3条2号後段が適用されないかが問題となる。

そこで、検討するに、一件記録によれば、第118号事件の恐喝事実の捜査は、平成7年5月1日、同事件が那覇家庭裁判所石垣支部から当裁判所に回付される以前に一応終了しており、共犯少年の終局決定も、全て同裁判所石垣支部でなされていることが認められ、これらの事実からすると、本件の逮捕・勾留当時、第118号事件の恐喝事実のみで本人を逮捕・勾留する必要性(相当性)があったものとは認められない。

したがって、第118号事件の認喝事実の存在を理由に、本件に同号後段を適用することはできないと言わざるを得ない。

〈3〉  さらに、一件記録に照らしても、本人が家庭裁判所の調査、審判等を誤らせる目的で審判事由があることの証拠を作った等の事実(法3条1号)は認められないし、また、後記のとおり、本人の逮捕当時の生活状況は社会的に見て決して好ましいものとはいえなかったが、このことから直ちに補償の必要性を失わせ又は減殺する特別の事情(同条3号)があったとも認められない。

〈4〉  よって、逮捕・勾留に係る身柄拘束については、法3条各号所定の事由の存在が認められないから、同条本文の「補償の全部又は一部をしないことができる」場合に当たらず、法2条1項により補償をなすべきものと考える。

3  そこで、逮捕・勾留に係る身柄拘束についての補償額を検討するに、一件記録によれば、本人は、逮捕・勾留されたのは、今回が初めてであり、逮捕・勾留中、捜査機関から繰り返し取り調べを受けるなどして、精神的にも肉体的にも苦痛を受けたものと推測されること、本人は、逮捕当初から一貫して第115号事件の送致事実を含む犯罪事実を否認していたこと、逮捕・勾留による身柄拘束は、観護措置決定による少年鑑別所収容や少年院送致決定による少年院収容等とは異なり、少年にとって必ずしも利益処分とはいえないこと、しかし、他方、本人は、逮捕当時、無職、無収入であったこと、本人には第115号事件の送致事実こそ認められないものの、ぐ犯事実が認められ、逮捕当時の生活状況は社会的に見て決して好ましいものとはいえなかったこと等の事情が認められ、その他、本人の年齢、逮捕・勾留の期間等の諸般の事情をも併せ考慮すれば、本人に対しては、1日4000円の割合による補償をするのが相当である。

4  以上の次第であるから、本件については、観護措置決定に係る身柄拘束につき、法3条2号前段、同条本文により、本人に対し、補償の全部をしないこととし、補償の対象となる逮捕・勾留に係る12日間の身柄拘束につき、本人に対し、上記割合による補償金の合計4万8000円を交付することとして、法5条1項により主文のとおり決定する。

(裁判官 河村浩)

〔参考〕 暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、恐喝保護事件(那覇家 平7(少)115、118号 平7.5.23決定)

主文

上記各事件について、いずれも少年を保護処分に付さない。

理由

第1平成7年少第115号事件

(非行事実)

少年は、自ら保護者の許を離れて、○○会○○一家の組事務所に寝泊まりしたり、A、Bらが同組の暴力団組員であることを知りながら、同人らと複数回にわたり、飲酒をするなどし、また、平成7年4月15日午後10時50分ころ、A、Bらとともに、那覇市○○×丁目××番××号所在の飲食店「○○」に赴き、泡盛を飲酒し、酒に酔ったA、Bらが同店内において同店店長C(当時28歳)に対し、暴行を加える等の暴力事件を引き起こした際、その現場に居合わせるなどし、もって、犯罪性ある人、不道徳な人と交際をし、いかがわしい場所に出入りしたものであって、その性格、環境に照らし、将来、暴行罪、傷害罪等の犯罪を犯す虞れがあるものである。

(法令の適用)

少年法3条1項3号ハ

(事実認定の補足説明)

1 本件送致事実の要旨は、「少年は、A、Bと共謀の上、平成7年4月16日午前1時10分ころ、那覇市○○×丁目××番××号所在の飲食店『○○』店内において、同店店長C(当28年)に対し、こもごも、その大腿部を足蹴りにし、その頸部を締める等し、もって、数人共同し暴行を加えたものである。」というものであるが、当裁判所は、証拠調べの結果、少年とA、Bらとの共謀(共同実行の意思)の事実(以下「第1の争点」ともいう。)並びに少年のCに対する暴行の事実(以下「第2の争点」ともいう。)につき、確信の程度の心証を形成することができず、結局、本件送致事実である暴力行為等処罰ニ関スル法律違反罪の成立を否定し、前記「非行事実」のとおり、少年の所為がぐ犯事由に該当するものと認めたものである。以下、その理由につき補足的に説明を加える。

2 本件事件の経緯の概要

少年の当審判廷における供述、少年の司法警察員(D)及び司法巡査並びに検察官に対する各供述調書、証人C、同A及び同Bの当審判廷における各供述、C、A及びBの司法警察員及び検察官に対する各供述調書(謄本)、E及びFの司法警察員に対する各供述調書(謄本)によれば、本件事件の経緯の概要は、以下のとおりであると認められる。

(1) 少年は、平成7年4月15日午後10時50分ころ、○○会○○一家に所属する暴力団員であるAとBとともに、那覇市○○×丁目××番××号所在の飲食店「○○」「以下、単に「店」という。)に行った。店は、男性7名、女性23名を従業員として雇用しており、女性はホステスとして、客に対し給仕をするいわゆるファッションパブである。

(2) 店の料金のシステムは、100分間の時間制で、その間は、飲み放題で1人当たり6000円を支払うことになっており、少年ら3人は、入店する際、割り勘でこの料金を支払った。

(3) 翌同月16日午前零時30分か40分ころ、店のボ一イが上記(2)の規定の時間が到来したことを告げに3人のところに行き、それから、店長のCも、同様に時間が到来したことを告げに3人のところに行った。そこで、Cと少年との間で時間の延長に関する話し合いがなされ、結局、Cは、20分の延長を認めて、総計120分の時間、少年ら3人が店にいることを了承した。

(4) 上記(3)の約束の120分が経過した同日午前1時過ぎころ、店のボーイが再び少年ら3人のところにやって来て、規定時間を超過しているから、帰ってもらえないか、また、時間を延長するかどうか、などにつき少年に尋ねたところ、少年は、所持金も少なく、時間延長を自分自身で決定できる立場にいなかったため、そのボーイに対し、「そのことは、他の人に言ってくれ。」と答えた。そして、結局、少年ら3人は、規定時間を超過しているにもかかわらず、店から出ようとはしなかった。

(5) そこで、そのボーイは、Cに少年ら3人が店から出てもらえない旨を告げたところ、今度は、Cが少年ら3人のところに行って、時間延長の件につきAと話し合った。Aは、Cに対し、左腕をCの首に回し、自分の側に引き寄せるようにして自分の席の左側に座らせ、その耳元で、午前3時まで飲ませろとか、時間を延長しろなどと言ったが、Cは、時間制だから帰ってもらわないと困ると答え、両者の間で、押し問答になった。

(6) 少年の席の隣に座っていたGというホステスが、Aに対して、「もう時間ですから、帰ってください。」と言ったところ、Aは、これに立腹し、テーブルの上にあったグラスを持ち上げ、そのホステスに投げようとしたが、Cやボーイ、少年やBがAのかかる行為を制止した。

(7) しかし、そのとき、少年の席の向かいに座っていたBが急に立ち上がり、酒瓶やグラス、氷入れなどが置かれていたテーブルを持ち上げるようにして少年の座っていた方にひっくり返した。そのため、テーブルの上にあった酒瓶等があたりに散乱し、店内の騒ぎが大きくなった(なお、このとき、少年は、Gというホステスと一緒にBがひっくり返したテーブルの後片付けをしていた。)。

(8) 少年ら3人の隣のテーブルで飲んでいたEは、これらの騒ぎを見て、止めに入ろうとし、Aの方にやって来た。これを見たCは、EとAが喧嘩をするのではないかとの危惧の念を抱き、EがAの方に来ないように止めに行こうとしたところ、Bがやにわに右手でCの首を締めるなどして押し倒そうとした。

(9) 他方、Aは、止めに入ったEの顔面を殴打し、転んで倒れたEに対し、さらに、手足を合わせて、約10回程の殴打や足蹴りの暴行を加えた。

(10) Cは、上記(8)で、Bから首を締められるなどの暴行を受けていたが、それから解放された後、Aから一方的に殴られていたEを助けようとして、AとEとの間に止めに入ったところ、Aは、今度は、Cに対して足蹴りなどの暴行を加え、さらに、泡盛のボトルを掴んで振り上げたが、これは、周囲の者に制止された。

(11) AがCに対し、暴行を加えている際、少年やBは、これを制止しようとしていたが、Aは、ますます興奮し、店内で暴れるばがりであった。

(12) その後、Aは、店外に連れ出されたが、なおも、店の出入口付近で暴れていたため、少年やBがAを制止しようとしていた。それから、少年は、再び、店の中に入ったが(この後、後記4(2)〈1〉のとおり、Cの供述によれば、本件の第2の争点である少年のCに対する暴行の事実があったとされている。)、Bは、なお、店の出入口付近でAが暴れるのを制止しようとしていた。

3 第1の争点-少年とA、Bらとの共謀の事実

(1) AとBとの間の共謀の有無

以上の2の事実関係を前提に、本件送致事実のうち、AとBが「数人共同シテ刑法第208条…ノ罪ヲ犯シタル者」(暴力行為等処罰ニ関スル法律1条)といえるのか否かにつき検討する。

そもそも、「数人共同シテ」といえるためには、2人以上の者が共同実行の意思、共謀(以下、単に「共謀」という。)の下に実行行為を行う必要があると解されるところ、前記2のとおり、AとCとの間で、店の時間制限のことでトラブルになっていたとき、Bは、急に立ち上がり、テーブルを持ち上げるようにして少年の座っていた方にひっくり返しており、これは、BがAに対し加勢する意図で行ったと思われること、そのことをAも認識していたと思われること、その後、Bは、CがAとEの方に行こうとするのを止めようとして、Cの首を締めるなどの暴行を加えたこと、その結果、Aは、Eに一方的な暴力を振るい続けたこと、これに、AとBがともに○○会○○一家に所属する暴力団員であることも考え併せれば、BがCに対し首を締めるなどの暴行を加え、AがEらに暴力を加えた行為は、両者の暗黙の共謀の下に実行されたものであって、AとBが「数人共同シテ刑法第208条…ノ罪ヲ犯シタル者」に該当することは明らかである(なお、前認定2の事実関係によれば、Bは、首を締めていたCを解放した後、Aの行為を制止しようとしたり、Aが店外に連れ出された後、少年とともにAの行為を制止しようとしたりしている事実が一応認められるものの、この事実のみで、Aとの上記共謀関係が解消したものと認めることはできないし、また、上記共謀を否定するかのようなA及びBの当審判廷における各供述部分は、上記認定に照らし、たやすく信用することができない。)。

(2) 少年とA、Bらとの共謀の有無

次に、本件の第1の争点である少年とA、Bら(以下「Aら」ともいう。)との共謀の有無につき検討を加える。

〈1〉 前認定2の事実によれば、本件事件は、たまたま、少年がAから誘われてBとともに店に飲みに行ったときに店の時間制限のことでAとCとの間のトラブルになり、そこから生じたものであることが認められ、また、本件全証拠に照らしても、少年とAらとの間に店に行く前から共謀が成立していたことを認めるに足りる証拠はないから、少年とAらとの間に事前共謀が成立していたことを認める余地はない。

〈2〉 前認定2の事実によれば、少年は、Bがテーブルを持ち上げてひっくり返し、Aに加勢する意思を示したときも、散乱したグラス類を片づけるなどし、その後、AがCに対し暴行を加えたときも、止めようとしており、さらに、Aが店外に連れ出された後も、BとともにAを制止しようとしており、本件事件の全経過を通じて、一貫してAの暴行を止めようとして、本件犯行に関し非常に消極的であった事実がうかがえ、これに、少年自身は○○会○○一家ほか暴力団に所属していないこと、○○一家で寝泊まりすることはあっても、組の事務所の電話番や用事をしたことはないこと、将来も、○○一家に所属する意思はないと当審判廷において述べていることなど少年は、○○一家の組員としてAらの実行を助けなければならない関係にないこと、後記のとおり、少年は、Cが警察に通報するのを2度、阻止しており、このことは、少年自身、店内での騒ぎが大きくなるのを恐れていたといえること、少年は、Cに対し、特に悪感情を抱いていたとは認められないことなどの諸事情を総合すると、少年が店に入ってから、本件の第2の争点である少年のCに対する本件暴行の事実があったとされている時点に至るまでに、少年とAあるいはBとの間に共謀が成立していたことを認めることはできないと言わざるを得ない。

(3) よって、第1の争点に関する少年とAらとの共謀の事実を認めることはできないというべきである(なお、かかる説示に照らせば、縮小された事実として、少年のAらの実行行為に対する幇助の事実も認めることはできないと言わざるを得ない。)。

4 第2の争点-少年のCに対する暴行の事実

(1) 証人Cの当審判廷における供述、同人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書(謄本)によれば、Cは、平成7年4月16日午前1時以降に、店のカウンター内において、何者かによって、首を背後から締められ、右横脇腹を1回殴られた事実が認められる。問題は、この暴行事実(以下「本件暴行事実」という。)と少年との結び付きの有無である。

(2) 〈1〉 この点、Cは、捜査段階及び当審判廷において、本件暴行事実前の状況及び当該事実につき、大要、次のように供述している。Cは、Bから首を締められているとき、店にいたHに対し、持っていた携帯電話を手渡し、店の運営資金の金銭貸借などで個人的な付き合いのあるIを店に呼ぶように指示した。その後、店で暴れているAを店の従業員ら4、5名程度で店外に連れ出したが、その際、店に呼んだIがいたかどうかはわからなかった。しかし、Aを店外に連れ出したときには、Iがいることに気付いた。その後、店のカウンター内に入り、その上に設置されている公衆電話から警察に110番通報をしようとしたところ、Aらと同じ組の者と思われる2人の男と応対している間に、少年が店に入って来て、公衆電話のフックを押して電話を切った。その後、警察の方から店の公衆電話にかかってきて、電話を取ったところ、少年がカウンター内に入ってきて、自分の後方から左手を首に回して締めつけ、怒鳴りながら右手の拳で右横脇腹を1回殴りつけた。そこで、仕方なく電話を切った(もっとも、司法警察員作成の実況見分調書の指示説明では、Cは、少年は電話機のフックを切った後、カウンター内に入って来て、後方から首を羽交い締めにしながら、右拳で右脇腹を1回殴った旨を述べている。)。自分がカウンターの中にいて、電話をかけようとしていたとき、カウンター内には、Hはいたが、Iがいたかどうかはわからない。このように供述する。

〈2〉 これに対し、少年は、上記事項に関し、捜査段階及び当審判廷において、大要、次のように供述している。Iは、自分達3人が店に入るときには、店の外にいたが、Aが瓶を振り上げて店の人と揉み合っているとき、店内に入って来た。そこで、Iは、暴れているAの顔面をいきなり1発なぐり、店から連れ出す途中でも何発か殴り、店の出入口付近ですでにぐったりとしているAをさらに何発も殴っていた。このように、Iが1人でAを店外に連れ出した。少年は、Iの後を追い、店外に出たが、その際、Cが店のカウンター上に設置されている公衆電話から警察に110番通報をしようとしていたのを見て、警察官が来たらまずいことになると思い、通り過ぎながら、電話のフックを押して電話を切った。店外に出てから、Bとともに、IのAに対する暴力を止めに入り、Iには、自分が話をつけるから、などと言って、Iを店のカウンター内に引き入れ、自分も店内に入った。そのとき、カウンターの入口付近には、店の従業員が2人(1人は、Aの知り合いの店の呼び込みで「J」と呼ばれている者)がおり、カウンターの中には、従業員と店のホステス、Iがいた。Cがなおもカウンター上の公衆電話から110番通報をしようとしているのを見て、再び、カウンターの外から電話機のフックを切ったが、その際、Cと口論になった。丁度そこに、○○会○○一家の組員であるKと兄のH・Rが現れ、少年は、Kに店外に連れ出された。このように供述する。

(3) そこで、両者の供述内容の信用性につき検討を加える。

〈1〉 Cは、本件暴行に至る経続につき、Iの存在を警察及び検察段階で一切供述しておらず、当審判廷において、初めてIの存在につき供述したものの、IがAを店外に連れ出したことやIがカウンター内にいたことなど、Cが目撃していて当然である事項につき、いずれもわからないと述べるなどその供述は、極めて曖昧である。これに対し、少年は、捜査の初期の段階から当審判廷で供述するに至るまで、一貫して、I(もっとも、少年は、当初、Iのことを店長であると勘違いしていた。)の本件暴行事実前の行動を明確に述べ、これは、Iの司法巡査に対する供述調書(謄本)の供述記載部分とも基本的には一致している。

〈2〉 Cは、カウンター内の状況につき、曖昧な供述しかしないのに対し、少年は、等審判廷において、その人数、人相、性別等を明確に供述している。

〈3〉 少年がCの警察への110番通報を妨害しようとしていた行動を見ると、少年は、警察に通報されることを非常に恐れていたことがうかがわれるが、このような当時の客観的状況の下で、Cが供述するように、少年がカウンター内でCの首を羽交い締めにしたり、その右横脇腹を殴ったりする行為に出れば、直ちにC以外の店の者から警察に通報され、少年は検挙されるかもしれず、店内の騒動をより大きくするだけのことであるから、少年がこのような行動に出たとするには、いささか不自然である。

〈4〉 Cは、少年から本件暴行事実を受けたと当審判廷において断定的に供述するも、本件で、Cは、取調べを受けていた少年を見せられ、いわゆる単独面通しの方法で面割手続を受けていること(Cの司法警察員に対する供述調書(謄本))、当時の店の中は、豆電球が点いている程度でそれ程明るい状況ではなかったこと(少年の当審判廷における供述)、Cが警察へ110番通報する際、店に来ていたH・Rは、少年の兄であり、少年と風貌が非常によく似ていること(平成7年5月22日付け「依頼についての回答」と題する書面添付の写真)などの事情を考え併せると、Cは、少年以外の者から暴行を受けたことを少年の行為と誤認しているのではないか、との疑いがないではない。

(4) このように考えると、Cの本件暴行事実に関する供述部分を全面的に信用するには、いささか躊躇せざるを得ず、他方、少年の捜査段階及び当審判廷における供述は、理路整然としており、その内容も合理的であって、遽に排斥し難いものがある。してみると、少年と本件暴行事実との結び付きを断定するに足りる十分な証拠はなく、この点につき、合理的疑いを差し挟まない程度の証明はないことに帰する。

よって、本件の第2の争点である少年による本件暴行事実は認められないというべきである。

5 以上のとおり、少年につき、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の事実を認めるに足りる十分な証拠がなく、結局、前記認定のとおり、少年の所為は、ぐ犯事由に該当するものと判断したものであるが、当裁判所は、かかる場合には、あえて立件手続(少年法7条、6条2項、41条、少年審判規則8条)を経ることなく、審判し得るものと考える。

けだし、本件送致に係る暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の事実と前記認定に係るぐ犯事実との間に事実の同一性があることは明らかであり、しかも、この場合は、いわゆる縮小認定に当たり、改めて立件手続を経なくとも、何ら少年に防禦上不利益を与えるものではないからである。

第2平成7年少第118号事件

(罪となるべき事実)

司法警察員作成の平成4年4月13日付け少年事件送致書記載の犯罪事実のとおりであるから、これを引用する〈省略〉。

(法令の適用)

刑法249条1項

第3少年の要保護性

1 平成7年少第115号事件

少年は、石垣市立○○中学校卒業後、本件以外の非行は認められず、最近半年を除けば、本人なりに就労を継続していたようであり、中学生のころに比べて非行性は進んでいないといえる。少年は、暴力団組員である兄との関係から、暴力団と明確な一線を画しているとは言えないものの、反社会的集団の価値観には染まっておらず、暴力団加入の意思を有していない。本件観護措置により、この半年間の怠惰な生活への反省がうかがえ、今後は、親元である石垣島に戻り、まじめに働く旨を当審判廷において誓っている。保護者もその方向で協力する旨を当審判廷において約している。

2 平成7年少第118号事件

本件恐喝事件は、○○中学校で悪習となっていた校内恐喝の事案であり、少年は、下級生のとき自分もやられたから、という安易な気持ちから本件非行を起こしており、悪質である。しかし、少年は、中学校卒業後は、恐喝等の同種非行の再発もなく、本件については被害弁償済みであり、少年も、現在では、このような行為の悪質性については十分認識していることがうかがわれる。

3 上記1、2の各事情を考慮すれば、少年を保護処分に付するまでの必要性は認められず、今回は、少年の自力更生に期待するのが妥当な措置であると判断した。

よって、少年法23条2項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 河村浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例